同じであって違うこと 

    

ひとは同じであることを手掛かりとして他者を理解する

 

 1872年、ルノアールによって描かれた「ポン・ヌフ、パリ」という画がある。たっぷりの乾性油で溶かれたコバルトブルーやシルバーホワイトの斑点が、空や雲になりかけたまま、半分絵の具の状態でキャンバスの上に置かれている。ビリジャンやイエローはキャンバスの上をのびやかに滑って混ざり合ったり下の色を跳ね上げたりしており、それはあたかも人々がおしゃべりしながらそぞろ歩く様子をあらわしているようである。昨年、国立新美術館でこの絵を見たとき、わたしは自分が休日のパリにいるような錯覚を覚えて、しばし陶然としてしまった。

そしてわたしは考え込んでしまった。わたしにこのような錯覚を覚えさせるものは何なのであろうか。それは実際にあるポン・ヌフの風景であろうか。いや、わたしはポン・ヌフを訪れたことがないし、現在の、あるいは往時のポン・ヌフを撮影した写真を見てもなんだかぴんとこない。わたしが今あるポン・ヌフに行ったとしても、あるいは仮に145年前、ルノアールがいたルーブル河岸のカフェに座ったとしても、同じことであろう。わたしが覚えた錯覚は間違いなくルノアールが見て捉えなおしたポン・ヌフから来ているのだ。

では、なぜルノアールのポン・ヌフはわたしの感情に揺さぶりをかけられるのだろうか。145年も経った、異国の人間の感情に・・・?いや、これは同時代のフランス人にもいえることであろう。ルノアールの体験は、どうしてルノアールではない人間に理解されることができるのだろうか。

 わたしたちはあるものごと、もの、できごと、人、風景、何でも良いのだが、そうした事象について、感覚を用いて経験し、捉え、自分の身体に落とし込む。そうした体験を積み重ね、身体の外に張り巡らすことによってわたしたちは世界をとらえ、他者を理解しているのである。145年前のポン・ヌフのたもとにたたずむことがなくとも、わたしは家の近所にある引地川やそこに架かる新橋を歩き、春先には雑踏に混じって桜の花を愛でる。わたしにも晴れた休みの日があり、パレットで絵の具を混ぜることもある。それらの経験が身体の中で言葉として形作られていることで、わたしはルノアールがそのときどう感じていたかに思いをはせられるのである。

 つまり、身体の中に積み重なった言葉、形作られた経験から、同じもの、似通ったものを手掛かりとしてわたしたちはひとの表現を理解するわけである。

 

ひとは違うことを手掛かりとして他者を知りたいと思う

 

 あるテレビドラマが1983年の早春に放映された。主人公は、高校3年生の少年。大学受験を控え、勉強に余念がない。ある日、彼の前に現れた一人の男。彼は少年の実の父親で、母親が今の夫と一緒になる前に失踪したのだった。良い大学、安定した会社に入り、幸せな家庭を築き、豊かな人生を送ること・・・自分の未来に漠然とそうしたヴィジョンを描いている少年にその男は言う、

「ありきたりになるんじゃない。いいか、偉大といわれる人生もこの世の中にはあるんだ」

その言葉は少年に向けて発せられたものだったが、じつはその男自身に向けられたものでもあった。新進気鋭のカメラマンだった彼は、世にはびこる通俗的なものの見方に徹底的に抵抗してきたはずであった。彼がファインダーをのぞいて捉えたのは、切れば、血が流れ、痛みを感じる真実の世界だったはずだ。だが、時が流れ、彼は徐々に自分の写真に満足ができなくなっていく・・・「撮るもの撮るものがありきたりになっていく」・・・ありきたりなものを否定してきた彼は、いつのまにか自分自身がありきたりな世界の住人になってしまったのだった。これは彼には耐えられないことだった・・・彼は眼の腫瘍を患っているが、あらゆる治療を拒んで死を選ぶことにする・・・

「ありきたり」なものにとり囲まれているという感覚は、おそらく、当時多くの青年が共有していたもので、わたしも「ありきたり」の世界に何の疑問も抱いていない(かのように見える)人々に胡散臭さを感じていた。それで、わたしたちはそのカメラマンに拍手を送り、ドラマの成り行きを見守ったのだった・・・

 

 ここで「ありきたり」について考えてみる。「ありきたり」とは、「在り」、つまり、今在るものと、「来たり」、つまり、今までこうであったもののふたつが合わさってできた言葉で、転じて、ありふれたもの、つまらないものの意味として使われている。

 先のルノアールの話を思い出してみよう。わたしたちはものごとについて、自身の感覚を用いて捉え、身体に落とし込む。その体験を身体の内外に張り巡らして世界を組み立て、理解しているのであった。ありきたりの世界は、私たち自身が今まで感じ、捉え、作り上げてきたもので、それで今、こうあるものなのである。「ありきたり」がありふれた、つまらないものなのは、私たち自身がありふれた、つまらないものなのである。わたしがありきたりを否定することは、とりもなおさず自分自身を否定することなのである。

 とはいえ・・・ありきたりなものが往々にして退屈でつまらないものなのは事実なのだ。なぜか・・・

 わたしたちの世界・・・それはわたしたち自身が身体に落とし込んだ経験が層となって織り成されている。それはひとびとが互いに共有し合えばし合うほど、強固なものになっていき、やがて強固であるがゆえに取っ掛かりのない、のっぺりとしたものに堕していくのだ。もはやわたしたちは他者を理解する前に「理解したい」と感じなくなってしまうのだ。それでわたしたちは、わたしたち自身が今まで身体に落とし込んできた経験を、再び揺さぶるようなものやこと、ものごと、事象を欲するわけである。

 再びルノアールの話に戻る。実物のポン・ヌフであろうと撮影されたポン・ヌフであろうと、実物そっくりに描かれたポン・ヌフであろうと、見る人にとって、「川」や「橋」、「晴天」や「休日」といったことについて、身体に落とし込んだ経験が強固な層となって形成されているならば、それを揺さぶる装置として、今あるかたちとは違うかたちのものが必要となってくるのである。ルノアールがパレット上で混ぜることなくキャンバスの上を縦横無尽に走らせたコバルトブルーやビリジャンはまさにそうした装置となったのではないか。

 

  そして同じであって違うこと

 

 「早春スケッチブック」から34年が経って、かつて主人公の年齢だったわたしは、父親であるカメラマンの年齢になった。世の中が退屈で胡散臭いのは相変わらずだが、同時に世の中には不思議なもの、すごいもの、美しいものがたくさんあることも分かった。そして自分の作るものは逆にどんどんありきたりになっていく・・・いまわたしには主人公の父親の気持ちがわかるような気がする。苦しかったに違いない。

だが、わたしは彼のように「ありきたり」を直ちに挫折とはとらえないであろう。わたしはもう少しいい加減に立ち回ることにする。ありきたり・・・良いではないか・・・今「あり」、そして「来たり」しものに取りあえずは没入してみること、それを今あるもので何とか揺さぶってみること、そうすることで、「わたしたちを取り巻くものやことが、わたしたちを強く引き付け、同時に遠ざける」という、もの本来のありようが語られるかもしれないのである・・・

© 2018 by Mikio Uraasaki.   mikiourasaki@gmail.com

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