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「まどはひらかれとじられる」 2023.6.19mon.~6.24sat.
ギャラリイK

結果報告

「まどはひらかれとじられる」 2023.6.19mon.~6.24sat.  ギャラリイK

今回は油彩絵具に加えてアクリルを、基底材にはキャンバスに加えて厚紙も用いました。
テーマについては、身近にある窓やベランダ、近所を流れる引地川の水面や道端の木陰を扱っています。
前回から小作品が増えてきていましたが、今回はさらに増え、展示した28点のうち、22点が小作品でした。
作品をご覧いただいた方、ご購入いただいた方、どうもありがとうございました。

ウラサキミキオ
「まどはひらかれとじられる」─ コンセプトノート

2022年10月17日-10月22日 11:30-18:30(土曜-17:00)
ギャラリイK 東京都中央区京橋3-9-7京橋ポイントビル4F

結果報告

こかげ 2023年 334×334mm 油彩 カンヴァス

こかげ 2023年 334×334mm 油彩 カンヴァス

まどはひらかれとじられる

─ ガラス越しの世界
わたしたちは世界をガラス越しに見ている。
そのガラスは一枚に見えて、じつは無数のガラスがつながってできている…
それぞれのガラスは「ものの見方」…過去から現在までの、あらゆるとき、あらゆる場所で、他者によって形作られてきたものの見方を表している。このものの見方によって、わたしたちは世界を透かして見ているのだ。
ガラスはいわば夢中で何かをしているときの眼鏡やコンタクトレンズのようなものだ。われわれは無色透明なそれらの存在を忘れ、それらを通して見えているものが世界の姿だと信じて疑わないのだ。
だが、このガラス…強固につながってはいるが、じつはつぎ目に小さなすき間が空いている。ガラスの存在に気付くのも、じつはこのすき間によってなのだ。すき間を通して何かが見えるような気がする…だが、それらはあまりに小さなため、向こうに何があるのかよくわからない。いや、何かがあるのかどうかさえ確かではない…おまけにこのすき間…あるときには空いていたかと思うと、次には塞がっていたりするのだ。
ガラスの向こうには何があるのか?ガラスに邪魔されることのない「本当の」世界がそこにはあるのだろうか…

─ ガラスに空いたまど
このガラスに空けられたすき間をわたしは「まど」と呼ぶ。なぜなら、それらは開いたり閉じたりしており、向こう側には何かが見えるからだ。おまけにこのまどには鍵がかかっている。あるタイミングでそれが外されればまどは開かれるし、逆にまどが閉じられれば、自動的に鍵が掛けられるのだ。
いま目の前にガラスが置かれていること、そこにまどがあること…そんなことはわたしが言わなくても、たいていの人が実感として知っていることであろう。まどの向こうには当然「本当」の世界があり、勘の良い人たちは、とっくに鍵を開けてこのまどを通り抜け、眼にした世界の素晴らしさを高らかに謳いあげているのだ。そして、早くガラスのこちら側へ来いと大勢の人に呼び掛けているのである…

─ まどのこちら側で
しかし、わたしはガラスの前で立ち止まってしまうのだ。そこにまどがあること…そのまどが開いたり閉じたりすることの不思議さ…何かが見えたり見えなかったりすることの不思議さが信じられないのだ。わたしはまどを通り抜けるかわりに、いま、ここでわたしが目の当たりにしている不思議な出来事を「他人」に話して聞かせるのである。「いま、ここ」にあるそれが不思議なものであり、本当にあるものなのか、それを「いま」ではない「ここ」にいない誰かを通して確かめるために…
いま、部屋にひかれたカーテンに、川の水面に、道の木陰にまどが開かれ閉じられている。このまどのことを他人に話して聞かせるために、わたしは油絵を描く。
顔料の塊が油で練られ、カンヴァスの上に塗り広げられていく…ある時点で顔料の塊はカーテンに、水面に、木陰になっていく…同時にまどは閉じられ、鍵が掛けられる…鍵は顔料がなにものかになる瞬間に潜んでいる。この鍵を開けるべく、わたしは顔料がなにものかになり、なにものかでなくなるその時点を何度も行ったり来たりするのである。

いま、ここを確かめるために

─ 2023年3月9日東京ドーム
「この日は東京ドームに41616人の観客が集まったが、全ての視線、全ての携帯電話、そして全ての注目が一人の男、日本の背番号16番、ショウヘイ・オオタニに集中した」
米大リーグの公式サイトが伝えるように、2023年3月9日の東京ドームには異様な光景が出現した。一塁側内野スタンドの最上段に据えられたテレビモニターがその時の様子を映し出している。
観客席は一分の隙もなく、ぎっしりと埋め尽くされている…それは圧巻だったが、異様というほどではない。異様だったのは、観客のほぼすべての目の前にスマートフォンがかざされていたことであった。
ライトグリーンの人工芝の中、オレンジに光り輝くピッチャーズマウンドに、暗がりの中から現れた青白い何千、何万ものスマートフォンの液晶が一斉に群がっているさまは、ゆっくりとではあったが、着実に進んでいた現代人の「見る」という形が、極限まで進んだことを示している。

─ 見ることを完結させるために
「見る」という行為は当事者がそこで見るだけでは完結しないのだ。「見る」という行為は他者に確かめてもらわなければならない。人はなにか特別な経験をするときに、その経験が特別なものであればあるほど、特別な経験をしている「いま、ここ」が信じられなくなる。人が拠っている「いま、ここ」という基盤は脆弱で不確かなものなのだ。したがって、その「いま、ここ」を確かめるには、「いまではないいつか」や「ここではないどこか」からこの経験を照射する必要があるのだ。
「いまではないいつか」、それは家で待っている家族がスマートフォンの映像を見るときかもしれないし、誰かが以前に見せてくれた野球の映像かもしれない。「ここではないどこか」、それはスマートフォンで送った映像を称賛してくれている友人のいる場所かもしれないし、あるいは同じ東京ドームでも別の観客が座っている隣の席なのかもしれない。「いまではないいつか」や「ここではないどこか」、それがつまり「他者」なのであり、「他者」がいてこそ「見る」という経験は確かなものとなる。

─ 本当に「見る」こととは
とはいえ…他者を通して確かめられた「いま、ここ」にある体験は、本当に確かなものになっただろうか。じつは確かめようとした「いま、ここ」にある体験そのものが、そもそも他者によって作られたものだったとしたら…
「見る」ということの極限の形のなかで本当に「見る」ことは可能なのだろうか。わたしたちは結局、他者のものの見方の中を堂々巡りすることになるのではないか…

それでも世界にまどは開かれ閉じられる

─ ウラジミールの聖母
ウラジミールの聖母。コンスタンティノーブルで制作されたこのイコンは12世紀初頭にキエフに渡り、のちにモスクワのウラジミール寺院を飾ることになった。このイコンはテンペラで描かれている。テンペラは顔料を鶏卵で溶き、白色下地を施した板に定着させたものである。鶏卵は透明接着剤、白色下地は顔料を美しく見せるためのいわば壁紙であるから、結局わたしたちはテンペラ画を見ているようで、そのじつ顔料の配列を見ていることになる。
顔料は産業革命期に化学的に合成されたものが随分あるが、もとは身の回りに自然に存在したものである。たとえば、カーマインという深紅色はカイガラムシという昆虫の体内から抽出されたもの、ピーチブラックというやや青味がかった黒色は桃の種を焼いたもの、テールベルトという淡く滋味深い緑色には海緑石という土が使われてきた。
ウラジミールの聖母に描かれている幼児キリストの唇やマリアの頬はほんのりとひかれたカーマインによって瑞々しく、ピーチブラックで塗りこめられたマリアの聖衣は深海のように深い。テールベルトが塗られたマリアの頬は静脈が透けているのが見えるようだ。

鍵が外され、まどが開くこと
わたしたちはここに、カイガラムシの抽出液や炭化した桃の種、薄緑色をした土の塊を見る訳ではない。わたしたちはここにガラスを掛けるのだ。そのガラスとはキリスト教や西洋絵画、母性やリアリティなどにまつわる「ものの見方」である。まどは閉じられ、鍵が掛けられる。だが…
イコンは900年もの時を経て背景の鍍金は落ち、ニスがはがれてむき出しになった板には虫が喰い、穴だらけである。人物の顔は表面が褪色して黒ずんでいる。マリアを覆っている黒衣はつやを失って墨のようになっている。だが、ここで鍵が外され、まどが開く…穴だらけの背景は深い悲しみを、墨のような黒衣は人類の救いがたい罪を、黒ずんだ皮膚はかえってこの聖人の人間離れした崇高さを感じさせる。
ウラジミールの聖母。制作当初はしっかりと覆っていたガラスにすき間が空き、そこから思いがけない世界が開かれたのである。

Minamo 2023年 409×530mm 油彩 カンヴァス

Minamo 2023年 409×530mm 油彩 カンヴァス

ウラサキ ミキオ Mikio Urasaki 「まどはひらかれとじられる」

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2023 6/19 mon.〜24 sat.

ウラサキ ミキオ Mikio Urasaki
「まどはひらかれとじられる」
11:30〜18:30(sat.〜17:00)

※ご来場の際はマスクの着用をお願いします。

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